
今日の夕飯何にしようか、から始まって、仕事や人生の選択まで、毎日何かを決めて生きてる。 失敗したくないし、誰かを傷つけたくない。そうやって頭で一生懸命考えていると、次から次へと心配ばかりが膨らんでいくんだよね。
考えすぎてエネルギーを使っているうちに、心が一番動くタイミングが過ぎ去ってしまうのは、少しもったいない気がする。
コトコ自身、10代後半から20代前半は「生きる」ことそのものに強い抵抗を感じていた時期があった。 読む本といったら自己破壊や死へ向かうようなものばかり。生きる意味を知りたいと願いつつ、自傷行為をする自分をどこか研究材料みたいにして、心理の学びを始めたんだった。
昔から頭を使って学ぶことは苦手で、体験を通して学ぶほうが好きで。 本を読んでもさっぱり解らなかったことが、ゲシュタルトセラピーに出会って、からだの感覚と相まってお腹の底にストンと腑に落ちた瞬間があった。 そこでやっと、自分の中でバラバラだったものが一つにまとまっていった気がする。
その感覚を知ってから、「ふれる」って本当におもしろいと一人で感動して。 このおもしろさや楽しさを、もっと知ってほしいんだなぁ。
テクニックの前に、コトコがいて、アナタがいる。 その空間には、愛や優しさ、ユーモア、見守る力、そして何より「覚悟」が必要で。 ここをいかに自分の中に育てるかで、セラピストとしての質が見えてくる。
コトコトのクラスでお伝えしているのは、単に一部分をケアする技術じゃなくて、相手を丸ごと受け止め、見守る人になるための場。
これには、めちゃくちゃ覚悟がいること。
まずは、自分自身を丸ごと見てみようか、というところから。 自分の見たくない部分に触れるのは恐いことかもしれない。 ただ、恐いからこそ、自分の過去が確実な糧になる。人生の光と影を知っているからこそ、誰かの痛みに寄り添える強さが生まれるんだと思う。
覚悟を持って、腹を割って自分と向き合う。そう聞くと重苦しく感じるかもしれない。
あれ、実はすごく楽しいことなんですよ〜。
いやいや、本当に楽しいんだって。
日常の小さな選択も、実は立派な「腹をくくる」こと。 「今日はもう家事を休む」とか「誰になんと言われてもこれが好き」とか。そこに正解や常識は必要なくて。 自分の感覚に従って腹をくくってしまえば、不思議と肩の力が抜けていく。
一枚の葉っぱが落ちてしまったように見えても、そこにはちゃんと新しい芽がある。 答えも方法も、すべて自分の中にあるんだよね。
それを見つけるために、安全なスペースとジャッジのない態度は用意して待ってます。
少しずつ、ゆっくりと準備をしてみませんか?
覚悟あるセラピストも育ててますよ。



