
こころ(メンタルケア)にふれて30年。
コトコ自身も悩み混乱したこともいっぱいある。
ゲシュタルトセラピーだけではなく、この5年は傾聴や認知行動療法、発達心理学なども使いながら、心にふれさせてもらう日々。
ずっと気になっていること、罪悪感に悩まされている方が多いこと。
特に休む・止まる・やめることに対して、どうしても抱えてしまう罪悪感。
恥だと感じるとより厄介だよね。。。
気にするな!って言われて簡単に「はーい!気にしません!」ってなれるわけもない。
ホントに苦しいよね。
「『休んだらダメだ』『ここで止まったら終わりだ』『やめたら負けだ』…そんな風に思ってないかな。
もし心の中でそう呟いているなら、それはまるで自分を縛る見えない鎖のよう。
そして、その鎖の正体は、もしかしたら罪悪感かもしれない。
世の中には『頑張れ!』というエールが溢れているけど、本当に必要なのは『休んでいいんだよ』という許可。
特に、休む・止まる・やめることに対して、どうしても湧き上がってくるあのモヤモヤ、ザワザワ…そう、罪悪感や恥の感情。。。
まるで背中に重い石を背負わされているみたいで、本当に苦しいよね。
この30年間、数えきれないほどの心の旅に同行してきて、そしてコトコ自身もまた立ち止まったり、休んだり、時には潔く手放したりすることに、計り知れない罪悪感を感じてきた時期があった。
まるで『サボってるんじゃないか?』と自分にダメ出ししているような感覚だったり。期待に応えられない自分を責めたり・・・・
頑張りすぎて燃え尽きそうになっているのに、『休んだら周りに迷惑がかかる』と自分を追い詰める人。もう限界なのに『途中でやめたら根性なしだと思われる』と、ボロボロになりながらも続ける人。
そんな方々がどれだけ多いことか。
そんな中『休むって、まるで魔法みたいにエネルギーがチャージされた』とか、『やめたら、今まで見えなかった新しい道が開けました!』と笑顔になる瞬間に立ち会うたびに、このメッセージを強く発信したいと思うのです。
どうか、休む・止まる・やめる・逃げることは一つの手段であり、自衛でもあり、次のステージへの準備であることも頭に入れて欲しい。
やめることは、敗北じゃないよね。新しい世界への扉が見つかるだけでなく、解放感とともに、想像もしなかった可能性が目の前に広がることもある。
そもそも、その罪悪感や恥って、どこから来てると思いますか。
もちろん、悪いことをしたら『ごめんなさい』と思う気持ちは大切だよね。でも、今感じているその罪悪感は、ひょっとしたら幼い頃に植え付けられた『こうあるべき』という誰かの価値観だったり、社会の無意識のプレッシャーだったりするのかもしれない。
それって、まるで借り物の重たい鎧を着せられているようなもの。
重くて動きづらいよね。
休むことで、体勢を整えることができるよ。
止まることで、広い視野が持てるよ。
やめてみることで、新しい世界への扉が見つかるかもしれない。
ずっと抱えている罪悪感、手放す方法、一緒に見つけよう。
Kotoko&では、対面でもオンラインでも心のサポートを提供しています。
一歩踏み出すには勇気が必要かもしれないけど・・・・
好奇心と共に・・・・・

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