
先日書いた【信頼】のブログ、思いのほか反響をいただきました。ありがとうございます! 今日はその続き……というか、もっと根本的な「私たちがかけている色メガネ」についてです。
心理学っぽい言葉で言うと「思い込み・投影・認知の偏り」なんて言いますが、要は「自分だけのフィルター越しに世界を見ちゃってる状態」のこと。
これ、セラピストやカウンセラーに限らず、誰でも少ない方がきっとラクに生きられます。 分かっていても手放しづらかったり、無意識だから自覚がなかったりするんだけどね💦
■ 自由なはずのコトコがかかっていた「黒い魔法」
「あるがままでいい」って言ってるのに、なんで色メガネは手放そうって言うの? 変だよね(笑)。 でも、このメガネが曲者で、世界をややこしくしちゃうのよね。
コトコ自身、色メガネは少ない方だと思うけど、それでもやっぱり拗らせることは多々あります。 特にプライベートとなると、しょっちゅうよ! 親しければ親しいほど、「こうあるべき」「普通こうでしょ!」っていう期待と思い込みが混ざって、まぁ〜ややこしい(笑)
過去に、こんなことがありました。
コトコは普段、「自分で自分勝手に生きよう!」「自由奔放だぁ〜!!」なんて言ってるわけです。 でも、いざ他人が目の前で本当に自由奔放に振る舞っているのを見ると、羨ましいを超えて、猛烈な「妬み」や「イライラ」を感じてしまったことがあって。
「なんであの人は、あんなに自分勝手なんだ!」って。
でも、ふと立ち止まって考えたの。 「ん? ん? ん??? なんで私は、自由にしてる人を見てこんなに腹が立つんだ?」って。
そこでハッと気づいたのよ。 「自由奔放だ!」と言いつつ、心のどこかで「ちゃんとしなきゃ」「迷惑かけちゃダメ」って、自分に制限をかけていたんだな、と。
やりたいならやれば良いのに。 行きたいなら行けば良いのに。 「お金ない」とか「時間ない」とか理由をつけて我慢していたのは、他ならぬコトコ自身でした。
コトコは、勝手に相手を悪者にして、思いっきり「投影や思い込みの黒い魔法」にかかっていたんだな。
■ ゲシュタルト流「映写機」の種明かし
ちょっとここで、心理学的な話をしてみるね。 コトコが専門としているゲシュタルトセラピーでは、この心の仕組みを「投影(とうえい)」と呼びます。
仕組みはとってもシンプル。「映画館」をイメージしてみてください。
目の前にいる「あの人(イライラする相手)」は、実はただの「真っ白なスクリーン」です。 じゃあ、そのスクリーンに映っている「自分勝手な振る舞い」や「許せない態度」という映像は、どこから来ているのか?
そう、そのフィルムを回しているのは、紛れもなく「コトコ」です。
コトコの中にある映写機が、 「私が私に禁止していること(本当はやりたいこと)」や 「見たくない自分の姿」を、 カシャカシャと音を立てて、相手というスクリーンに映し出しているだけ。
ゲシュタルト療法の創始者、フリッツ・パールズはよくこう言いました。 「世界はあなたの鏡である」と。
だから、もし誰かに指を差して「あなたは〇〇だ!」と叫びたくなったら、それはスクリーンに向かって怒鳴っているのと同じことなんだな(笑)。
■ 魔法を解く「言葉の変換ワーク」
じゃあ、どうすればこの魔法(色メガネ)は解けるのか? ゲシュタルトでは、こんな遊びのようなワークをやったりします。
やり方は簡単。 相手への文句の主語を「私」に変えてみるだけです。
例えば、「あの人」に対してイライラしたら……
-
「あの人は、わがままだ!」 → 「私は、わがままになりたい!」
-
「あの人は、無責任だ!」 →「私は、もっと無責任になりたい!(責任を放り出したい!)」
声に出してみると、ちょっとドキッとしません? 「うわ、私、こんなに我慢してたんだ……」って、体の力が抜けちゃうかもしれません。
相手を責める言葉は、実は「私の隠れた願望」を告白している言葉なわけ。
■ イライラは「招待状」
そう気づくだけで、不思議とあの人へのイライラがスッと消えていきます。 「なーんだ、私もやっちゃえばいいじゃん!」って。
だから、もしあなたが誰かに猛烈にイライラしたり、「ありえない!」って心がざわついたりしたら、それはチャンスかもしれない。
そのイライラは、 「本当はあなたも、それをやってみたいんじゃない?」 「そろそろ、その我慢、やめてもいいんじゃない?」 という、あなた自身の心からの「招待状」かもしれないから。
コトコもまだまだ修行中だけど、重たい色メガネ、一緒に少しずつ外していきましょ。 裸眼で見る世界は、案外、クリアで眩しいみたいだよ。
色メガネに気づき、外してみたくなったら、メンタルワークをお試しあれ♪




コメント